J.J.Rousseau "Emile"

ルソー 『エミール』(下)
今野一雄訳 岩波文庫




− 第五編 −

男の子でも、宗教について正しい観念をつくりあげる能力をもたないとすれば、そういう観念は女の子にとってはなおさら理解を超えたところにあることがよくわかる。
女性は、自分ひとりの力で信仰の規則をひきだすことはできないのだから、明証と理性の限界を信仰の限界とすることができずに、さまざまな外部の衝動にひきずられて、いつも真実の手前か向こうにいる。智慧と信仰をあわせもつことができる女性は見当たらない。悪の源は女性の極端な性格にあるばかりでなく、わたしたち男性のしまりのない権威にもある。放恣な行いは権威を軽蔑させ、怖ろしい後悔の念はそれを苛酷なものと考えさせる。こうして、男性はいつも権威をもちすぎたり、ほとんどもたなかったりすることになるのだ。
権威が女性の宗教を決定しなければならないのだから、女性には信じる理由を説明してやるよりも、むしろわたしたちが信じていることを明確に話してやる必要がある。あいまいな観念にあたえられる信仰は狂信の源であり、不条理なことにたいしてもとめられる信仰は狂気か不信仰にみちびくからだ。わたしたちの教理問答が無信仰者あるいは狂信者のどちらを多くつくりだすことになるのか、わたしは知らない。だが、必然的にどちらかをつくりだすことはよくわかっている。
第一に、少女たちに宗教を教えるには、けっしてそれを少女たちにとって悲しいこと、つらいことにしてはいけない。けっして学課や宿題みたいなことにしてはいけない。イエスキリストの教えに従って、お祈りはかんたんにするがいい。
少女たちがはやく宗教を知ることはそれほどだいじなことではない。むしろよく知ることが、そしてとくに、宗教が好きになることがだいじなのだ。
少女たちに信仰個条を説明するためには、直接の教授形式によるべきで、問答形式によるべきではない。少女たちはいつも自分がほんとうに考えていることだけを答えるべきで、口授されたことを答えるべきではない。
わたしたちの教理問答にみられる第一問はこういうことだ。「何者があなたをつくり、世界においたか。」それにたいして少女は、それはお母さんだ、ということをよく承知していながら、ためらいもせずに、それは神さまです、と言う。そのばあい、彼女にわかっているただ一つのことは、ほとんど理解されない質問にたいして、自分がぜんぜん理解していない答えをしている、ということだ。
そういう教理問答は、質問されたらすぐに、なにも教えられなくても、子どもが自分で答えることになっていなければ役にたつものとはならないだろう。中略
そこでわたしは、わたしたちの教理問答の第一問にたどりつくためには、そういう教理問答書はだいたいこんなふうにはじまっていなければならないと考える。

乳母 あなたはお母さまの小さいときのことを覚えていますか
少女 いいえ、ばあや。
乳母 なぜですの。あなたはとてももの覚えがいいのに。
少女 そのころあたしは生まれていなかったからです。
乳母 では、あなたはいつでも生きていたのではないのですね。
少女 そうです。
乳母 あなたはいつまでも生きているのでしょうか。
少女 ええ。
乳母 あなたは若いのですか、それとも年をとっているのですか。
少女 あたしいは若いのです。
乳母 では、あなたのおばあさまは、若いのですか、それとも年よりですか。
少女 おばあさまは年よりです。
乳母 おばあさまはまえには若かったのでしょうか。
少女 ええ。
乳母 なぜ、おばあさまはもう若くないのですか。
少女 年をとったからです。
乳母 おばあさまと同じように、あなたも年よりになるのでしょうか。
少女 知りません。
乳母 去年あなたが着ていた服はどうなさいました。
少女 あれあほどいてしまいました。
乳母 なぜほどいてしまったのですか。
少女 あたしにはあんまり小さくなったからです。
乳母 なぜ、あなたはあんまり小さくなったのですか。
少女 あたしが大きくなったからです。
乳母 これからもあなたは大きくなるのでしょうか。
少女 そうですとも!
乳母 では、女の子が大きくなるとなにになるのですか。
少女 奥さまになるのです。
乳母 そして、奥さまはなにになるのですか。
少女 お母さまになるのです。
乳母 そして、お母さまはなにになるのですか。
少女 おばあさまになるのです。
乳母 それでは、あなたはおばあさまになるのですね。
少女 お母さまになったあとで。
乳母 そして、年よりはなにになるのですか。
少女 知りません。
乳母 あなたのおじいさまはどうなりましたか。
少女 死にました。
乳母 なぜ死んだのですか。
少女 年よりになったからです。
乳母 では、年よりの人はどうなるのですか。
少女 死ぬのです。
乳母 では、あなたは、年よりになると、どう……
少女 (乳母のことばをさえぎって)ああ、ばあや、あたし死にたくないの。
乳母 お嬢さま、だれも死にたいと思っている人はいません。でも、みんな死んでいくのです。
少女 まあ! お母さまも死ぬのでしょうか。
乳母 みんなと同じように。女も男も同じように年よりになるし、年よりになれば死ぬことになるのです。
少女 なかなか年よりにならないようにするにはどうすればいいんでしょう。
乳母 若いときに賢く生きるのです。
少女 ばあや、あたし、いつも賢くするわ。
乳母 それはたいへんいいことです。けれども、あなたは、いつまでも生きられると思っているのですか。
少女 ずっと年をとれば、年をとれば……
乳母 どうなるのですか。
少女 ずっと年をとれば、どうしても死ななければならないって言うんでしょう?
乳母 では、あなたもいつかは死ぬのですね。
少女 ええ、そう。
乳母 あなたよりもまえにだれが生きていたのですか。
少女 お父さまとお母さまです。
乳母 お二人のまえにはだれが生きていたのですか。
少女 お父さまとお母さまのお父さまやお母さまです。
乳母 あなたのあとにはだれが生きることになるのですか。
少女 あたしの子どもたちです。
乳母 そのあとにはだれが生きることになるのですか。
少女 あたしの子どもたちの子どもたちです……

こういう道筋をたどっていけば、人類には、明らかな帰納法によって、あらゆるものと同じように、初めと終わりがあることがわかる。つまり、父も母もいなかった父と母が、そして、子どもをもたない子どもがみいだされることになる。