ロートレアモン マルドロールの歌
「君が思いこんでいるほど殺人は禁じられていないよ。法律の正義なんてどうでもよくて、考えねばならないのは侮辱罪の判例くらいのものだ。いつも目の前に忌まわしい野郎の思っていることがちらつくのが気になる不幸は一生自分を不幸にするものだ。それに終止符をうつためには一つの方法しかない。」
法律の悪;Crimeよりも精神的な悪;Sinを追放すべきだというマルドロールの視点。
「人類の才能のもっとも美しい武器である狡猾は今からでも使える。最高にずるくありたまえ。」(第2の歌)それと「マルドロールは性悪く生まれついていたことに気がついた。その本性をできるかぎり隠しとおす苦しく不自然な精神集中を捨てて決然と悪の道に投げこんだ、なんて気分がいいんだ。」
第1の歌の冒頭の部分にそう述べてある。世の中に対する意気込みが窺い知れる。文体にもそれは顕れる。やたらと頭でっかちであったり括弧が沢山(それもセリフの中にもある)用いられたり、羅列がこれでもかというぐらいに並べられたり、いきなり自問自答するようなロートレアモンの独り言が入りこんだり、そしてたいてい最後は呼びかけて終る文体は、ロートレアモンの脳髄に現れたそのままの形を(発語する原型、理性よって反芻される前の純粋な形を)意識的に留めているのであろう。
「僕の長い文章は、真実のつかの間の出現を、分析のメスを手に最後のとりでまで追いつめるという目的を果たしているからだ」(第四の歌)
全てのフィルター、規制するものを取り除いた純粋な姿、普段は表に出てこないが、半睡半昏の状態で姿を現すほどに微妙なもの、それが表に出て来た瞬間に震えるペンで書き留めているのである。感性的なものは推敲すると変化してしまう。ロートレアモンの純粋な投射により、マルドロールの悪魔的イメージは一層生生しくなっている。
ショスタコーヴィチ 弦楽四重奏曲全曲
交響曲はどれも、音楽的素養があればその素晴らしさがわかる。しかし弦楽四重奏を理解しなければショスタコを理解したとは言えない。音楽的感性のうえに懊悩における精神的進化と内的なコードを読み取る読解力が必要になる。だから弦楽四重奏の理解はショスタコ自身を知ることになる。
大戦中のロシア当局に迎合する形にデフォルメ、大衆的な感覚に迎合して高みに至ったかの交響曲とは違い、この15番まである弦楽四重奏は内にある感情そのままの裸形を留めている。意識的に為された無意識的な姿と言っていい。
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