ドン・ジュアン

モリエール
岩波文庫




第二景


ドン・ジュアン だれだ、そこでおしゃべりしていたのは?ドーヌ・エルヴィールの従僕、ギュスマンめにそっくりのように見かけたが。
スガナレル どうやらその見当でございましょうな。
ドン・ジュアン なに?やつだと?
スガナレル いかにもやつで。
ドン・ジュアン いつからこの町にいるのだ?
スガナレル きのうの夕方からで。
ドン・ジュアン して、なんの用件で出向いたのだ?
スガナレル ある男の心配の種は、だんなさまにもお察しがつくと存じますが。
ドン・ジュアン おれたちが旅に出たからというのか。
スガナレル やっこさん、そいつをひどく気に病んで、わたくしにわけを訊ねました。
ドン・ジュアン で、なんと返事した?
スガナレル だんなさまはまだなんにもおっしゃらないと。
ドン・ジュアン じゃ、その点、おまえはどう思う?こんどの事件をどう考える?
スガナレル おとめ立てはいたしませんが、どうやらだんなさまのお頭にはなにか新しい恋があるようでございますな。
ドン・ジュアン そう思うかい?
スガナレル はい。
ドン・ジュアン まさに図星さ、白状すればだ、別の女がおれの心からエルヴィールを追い出したのさ。
スガナレル はてはて!ドン・ジュアンさまのことなら、隅から隅まで存じあげておりますし、浮気の虫にかけては、だれにもひけをとるおかたでないのも承知いたしております。いろからいろへと飛びまわるのがなによりもお好きで、容易なことにはひとつところにおみこしが据わりません。
ドン・ジュアン だがな、そうするのももっともだと思わんか?
スガナレル そりゃ、だんなさま。
ドン・ジュアン なに?はっきり言え。
スガナレル それはもう、そのおつもりでございましたら、まったくごもっともさまで、どこからも苦情の出ようはずがございません。ですけれど、そのおつもりがないとしたら、これはまた話が別でございますが。
ドン・ジュアン よし、遠慮は無用だ、ひとつ腹蔵のない意見を聞かしてもらおう。
スガナレル では、だんなさま、打ち割って申しあげますが、だんなさまのやり口にはどうも感服いたしかねます。だんなさまのように、四方八方でいろをおつくりになるのは、けしからんことだと存じますが。
ドン・ジュアン なに?おまえは最初にできた女といつまでもくっついてろ、その女のために世間を縁を切れ、ほかのだれにも目をくれるな、と、こう言うんだな?女房孝行なんて愚にもつかぬ名誉を鼻にかけ、ひとつの恋を後生大事に老いさらばえ、若いうちからほかの見とれるような別嬪たちに目をつぶっていようとは、いやはや結構な了見さね!まっぴらごめんだ。惚れ抜くなんて芸当は、ばか者だけに任せておくさ。美しい女はみんなおれたちをとりこにする権利があるんだ。最初に出会ったのを笠に着て、ほかの女たちが男の心をとらえようとする無理からぬ望みを断ち切るって法があるものか。おれはな、美しい女を見たら最後、ぞっこんまいってしまう。女が男をひきつけるあの心地よい暴力の前には、手もなく丸められてしまうのだ。約束したってむだなことさ。ひとりの女に惚れたからといって、なにもほかの女に冷たくする義理合いはないではないか。おれの目はいつだってどの女のいいところも見分けられる。造化の神の意のままに、めいめいに敬意と感謝とがささげられる。いずれにせよ、おれは自分がかわいいと思うものに、つれない仕打ちはできぬのだ。きれいな女に望まれたら、おれの心がかりに一万あろうとも、そっくりそのままくれてやるよ。要するにだ、恋心のきざし始めというものは、えも言われぬ魅力があるものだし、総じて恋愛の楽しみは、移り変わるなかにあるとも言える。口説の限りを尽くして、若い女の心をなびかせてゆく、日一日とすこしずつ効き目のほどを見とどける、熱情や、涙や、ため息で、嫌がって降参せぬあどけない清らかな魂を攻め落とす、かよわい抵抗のことごとくを、一歩一歩と打ち破る。操大事と気をもむのをおさえつけ、思いどおりのところへ女をそっと連れてくる。これほどの楽しみはほかじゃめったに味わえない。だが、ひとたび手に入れたら最後、もう文句も希望もあったものじゃない。美しい情熱は跡形もなく消え去って、こうした恋の静けさについうとうとと眠りこむ。新しい女があらわれて、こちらの情欲をかき起こし、ものにせずにはいられないほどの魅力で誘いの水をかけてくれない限りはだ。ともかくさ、美しい女が抗らうのをなびかせる、こんな気持のいいことはない。その点、おれは征服者の野心を持っている、絶えず勝利から勝利へと突き進み、希望に限りをつけることができないのだ。おれの情欲が燃え出したら、なにを持ってこようが消し止められたものじゃない。おれは地上のことごとくを愛したいような気がする。おれの恋の正服をひろげるには、アレクサンダー大王と同様、別の世界があって欲しいと願わずにはいられない。
スガナレル なんとまあ、お口達者なことで!まるでもうそらで覚えこんでいらっしゃるようですな。だんなさまは書物みたいにおしゃべりになりますよ。
ドン・ジュアン なにか言い分があるかい。
スガナレル じつのところ、わたくしの申しあげたいのは……いや、なんと申しあげていいかわかりません。だんなさまのように理屈を並べられてみると、どうやら道理にかなっているような気もいたします。でも、やっぱり道理にかなっていないというのがほんとうでございましょう。わたくしの考えは世界じゅうでいちばんまっすぐなはずでしたが、だんなさまのお話を聞いているうちに、すっかりこんがらがってまいりました。きょうのところはこれくらいにして、いずれわたくしの考えの筋道を書きとめておいて、あらためて議論するといたしましょう。
ドン・ジュアン よかろう。
スガナレル ですけれど、だんなさま、だんなさまのお暮らしぶりには、わたくしもいささかあっけにとられております、と、こう申しあげたら、これもさきほどのお許しのなかにはいるでございましょうか?
ドン・ジュアン なに?おれがどんな暮らしぶりをしているというのだ?
スガナレル はなはだ結構なお暮らしで。が、たとえて申しますれば、だんなさまが毎月のように結婚あそばすのを見ると……
ドン・ジュアン これほど愉快なことはないではないか?
スガナレル 仰せのとおり、しごく愉快、しごく面白いものだとは、わたくしも心得ております。それが悪いことでさえなかったら、わたくしも遠慮なくやりたいところでございます。が、だんなさま、神さまのおとりきめをあまりないがしろになさいますと……
ドン・ジュアン よし、よし、神とおれとのあいだの問題だ、おまえの世話にならずとも、ふたりだけで話をつけてみせるさ。