Comte de Lautreamont
Les Chants de Maldoror


ロートレアモン伯爵:『マルドロールの歌



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 これから君たちが聞こうとしている、まじめでクールな一節を、ぼくはのぼせあがることなく、しかし大きな声で読み上げることにする。君たち、その内容に用心しろ。そして、かきみだされた諸君の想像力のなかに、まるで罪の烙印のようにやきつけられるだろう苦々しい刺激から身をまもれ。ぼくが死にかかっている、なんてことを信じていてはいけない。ぼくはまだ骸骨ではないし、額に老いがはりついているわけでもない。だから瀕死の白鳥とくらべるような、そんな考えはきっぱりと捨て、君たちにはそれを見ることができないのでぼくが喜んでいる、一匹の怪物しか目のまえにいないものと思え。しかしその怪物の姿も、その魂ほどにはおそろしくない。ところでぼくは犯罪者じゃない……、こんな話はもうたくさんだ。ぼくが海を見、そして船のブリッジをふんだのは、それほど昔のことではない。その記憶はまるで、昨夜のことのようになまなましい。それにしても、君たちに捧げようとしたことをすでに後悔しているこの朗唱を、できることなら君たちもぼくのように冷静にうけとめ、それにくらべれば人間の心はどうだなどと考えて、顔をあからめたりしないでくれ。おお絹のまなざしをもつ蛸よ! 君の魂がぼくのそれと不可分である君、地球の住民のなかでもっとも美しい君、四百もの吸盤のハレムに君臨する君。きさくでやさしい美徳と神々しい優雅とがみんなにみとめられ、断たれることのない絆にむすばれて、まるで生まれたときからの棲家のように、上品に同居している君よ、君はなぜぼくとここに、いっしょにいないのか。君の水銀の腹を、ぼくのアルミニュームの胸にかさね、浜辺の岩に二人してすわり、ぼくのあこがれの光景を、ともどもにうち眺めるために!
 古き大洋よ、水晶の波もつおまえは、見習い水夫のぶたれた背中の青あざに、正比例的に似ている。おまえは地球の身体にはりつけられた、広大な青だからだ。ぼくはこの比喩が好きだ。このようにおまえの第一印象から、心地よいそよかぜのつぶやきだと人が思い込んでいる、悲しみをひきずる息吹が、ふかくまでゆすぶられた魂に、消すことのできない傷あとをのこして去っていき、そして苦しみがそこからはじまって居座ってしまう、人類のつらい誕生を、おまえはいつも気づかれないうちに、おまえの愛人たちの記憶によみがえらせてしまう。ぼくはおまえに頭がさがる、古き大洋よ!
 古き大洋よ、おごそかな顔の幾何学をうれしがらせる、調和にみちたおまえの球体は、その小ささではイノシシのそれにそっくりで、その輪郭の完全な丸さでは野鳥のそれにそっくりの、人間のあのちっぽけな二つの目玉しか、ぼくには想い起こさせてくれない。それなのに人間は、前世紀をつうじて自分が美しいと思いこんできた。人間は自己愛にたよることでしか、みずからを美しいと思えないのだと、ぼくは想定している。でもほんとうは美しくないんじゃないかと、人間自身もうたがっているのだ。だってそうじゃなければ、なんだって人間は、侮蔑のまなざしをあんなに、同類の顔にそそぐのだろう? ぼくはおまえに頭がさがる、古き大洋よ!
 古き大洋よ、おまえは自己同一の象徴だ。いつもおまえそのものだ。どこかでおまえの波が猛り狂っていても、そこからとおくのべつの区域では、まったくのベタ凪だ。おまえは人間のようじゃない。というのも人間は、たがいの首に咬みついた二匹のブルドッグを見るためには道でたちどまるが、葬式行列に出合ってもたちどまらない。人間は朝には上機嫌で晩には不機嫌、今日は笑って明日は泣く。ぼくはおまえに頭がさがる、古き大洋よ!
 古き大洋よ、おまえの胸に人間の未来に役立つものをかくしておくことに、不可能なことなどこれっぽっちもない。それなのにおまえはもう、人間にクジラを与えてしまった。だが自然科学の貪欲な眼が、おまえの秘密のシステムにひそむ数千の謎を見破ろうとしても、おまえはかんたんには許さない。おまえはじつにおくゆかしい。人間は、つまらないことでもたえず自慢するというのに。ぼくはおまえに頭がさがる、古き大洋よ!