Comte de Lautreamont
Les Chants de Maldoror


ロートレアモン伯爵:『マルドロールの歌



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 十五日のあいだ、爪をのばしっぱなしにしておかなければならない。おお!うわくちびるのうえにまだまったく、なにも生えていない子供の美しい髪の毛を、うしろになでつけてやりながら、額をやさしくなでてやるふりをして、その子をベッドから乱暴にひっぺがすのは、なんていい気持だ! それから突然、本人が異変をあまり理解しないうちに、あのながくしておいた爪を、その子のやわらかい胸に突き刺す。その子が死なない程度に。死んでしまったらそのあとで、その子の苦しむありさまが眺められないだろうから。ついで傷口から、血をすすり、飲む。と同時にそれは永遠にひとしいほどつづくのだが、子供は泣き、わめく。もし、塩のようににがいその子の涙とまちがえていなければ、まだ熱いその血ほど、うまいものは絶対にない。人間よ、おまえはふとしたはずみに指を切り、思わず自分の血の味を知ったことが、一度もなかったと言うつもりか? そうだろう、そいつはなんてうまいんだ。それはさておき、君もあの日のことはおぼえているだろう。くらい思い出にさいなまれ、眼からあふれでるもので濡らしてしまった手のひらをくぼめ、病みおとろえた顔にそえたあの日のことを。その手が抵抗不可能な力にみちびかれて口にむかい、口はそのとき、彼をいじめるために生まれてきた者をぬすみ見る生徒の歯のようにふるえて、そのみずからの涙をいっきに飲みほしたのはだれか? そうだろう、そいつはなんてうまいんだ。だって酢の味だったんだから。恋する女の涙がもっと上等だともいわれているが、子供の涙のほうがさらにうえだ。子供は裏切らないし、まだ悪を知らない。恋に狂う女はいずれ裏切る……。ぼくは友情とか愛情とかいうものをぜんぜん知らない(ぼくはこれからもそんなものを絶対にうけいれないだろう。すくなくとも人類からのものは)ので、これは類推することで判断しているのだ。だから君がまだ、自分の血と涙をあじわっていなかったら、飲め、安心して子供の涙と血を飲め。ぴくぴくとうごめく肉を君が引き裂くとき、その子には目かくしをしておけ。そして、戦場で瀕死の重傷をうけた兵士が喉からしぼりだす刺すような呻きに似た、その子のいまわのきわの叫びをじっくり聞いてから、一度なだれのように遠ざかり、こんどはとなりの部屋からとびこんできて、助けに駆けつけたふりをする。神経と血管とがふくれあがったその子の手のいましめを解いてやり、その子の血迷った目があたりを見られるようにしてやりながら、その子の涙と血を、君はまたすする。そのときの悔恨の情の、なんという真実! われわれに内在していた、めったに姿を見せることのない神聖なきらめきが、きらめくが、もうおそすぎる! おのれが悪事をはたらいた相手である無垢なる者を、おのれみずからがなぐさめえたことに、胸は高鳴る。「少年よ、残酷な苦痛にさいなまれる者よ、ぼくには名づけることもできない犯罪によって、君を犯した奴はだれだ! なんてかわいそうなんだ! どんなにつらかろう! 君のお母さんがこれを知ったら、いまぼくがそうであるように、犯罪者でもあんなにこわがる死の、うんとそばまで近づくことしかできないだろう。ああ! 善とはそして悪とは、いったい何なのだ! それによってぼくたちが怒りをこめてみずからの無力を示したり、まったく馬鹿げた方法で無限なるものにたどりつこうとする情熱を見せてみたりする、それは一つのおなじものなのか? それとも二つのべつのものなのか? そうだ……どちらかといえば、それらは一つのおなじものだ……だってそうでないと、裁きの日にぼくは、どうなるというんだ! 少年よ、かんべんしてくれ。君のノーブルで神々しい顔のまえにいる者は、君の骨をくだき、いま君の身体のあちこちにぶらさがっている肉を、ついさっき引き裂いた、その張本人なんだ。ぼくにこんな犯罪をおかさせたのは、ぼくの病める理性の錯乱なのか、それともみずからの獲物を引き裂く鷲のそれにも似た、ぼく自身にもよくわからない秘密の本能なのか。いずれにせよぼくは、ぼくのいけにえとおなじように苦しい! 少年よ、かんべんしてくれ。このかりそめの人生を抜け出したら、ぼくは君と永遠にだきあっていたい。ぼくらはひとつになり、口と口をあわせよう。だがそうしたところで、ぼくの罰はまだまだ不完全だろう。だからこんどは君がぼくを、爪も歯も同時につかって、やすむことなく引き裂けばいい。この贖罪のホロコーストのために、ぼくは花環にお香をたきしめ、われとわが身をかざるとしよう。そしてぼくらは二人して、引き裂かれるぼく、引き裂く君……、おたがいの口と口をあわせて、ともどもに苦しもう。おお少年よ、金髪のあまい眼の君よ、ぼくのこの提案のように、君はやってくれるかい? 君はどうだろうと、ぼくはそうしてもらいたい。そうすれば君はきっと、ぼくをしあわせにしてくれるだろう。」 とこんなふうにしゃべってやれば、君は一人の人間に悪をなしつつ、その人間から愛されることになる。それこそ考えられるかぎりの、無上の幸福だ。君はずっとあとになってから、その子を病院にほうりこめばいい。そのこわれた子はいずれにせよ、もう生きてはいられないだろうから。君は世間では善い人だといわれ、立派な墓が古くなるまで、月桂樹の冠と金のメダルがなげかけられて、君の素足をかくすことだろう!